台湾 花蓮  2006年  4月 28日 〜 5月 1日
   台北  2006年  5月 1日 〜 5月 4日



花蓮市は、花蓮県の県政府所在地であり、台湾東海岸最大の都市です。付近は大理石の産地であり、11万人の
人口の1/3が石材産業および関連産業の従事者とその家族だそうです。また石灰岩地層が浸食されてできた
太魯閣渓谷観光の拠点として、台湾国内でも有数の観光地です。

私は2006年の4月28日から5月1日まで3泊4日で、花蓮市と太魯閣渓谷を観光をしてきましたので報告します。

まず、花蓮県観光局の公式ウェブサイト(日本語ページ)はこちら、花蓮市政府サイト中の観光地図のページ
はこちらです。

現在は台湾を一周している台湾鉄路ですが、東海岸の線路については、花蓮北方の海岸が断崖絶壁だった為、
まず高雄から台湾島の南端を回り込んで花蓮まで開通しました。ですから、花蓮駅は、南から延びてきた線路
の終着駅でした。当然、駅の周辺が花蓮市の中心部となりました。

その後、花蓮北方の断崖絶壁をトンネルで通過して台北に通じる線路が完成しました。この時、花蓮市付近の
線路は、市街地の山側を通って台北方面へ通じる事になり、花蓮市内へ入ってから海岸方面へ延びていた線路
と旧花蓮駅は廃止されました。新しい花蓮駅付近もそこそこの繁華街ができていますが、花蓮の中心的繁華街
は今も旧花蓮駅のあったあたり、「総站」一帯です。上で紹介した花蓮市政府サイト中の観光地図で言えば、
中山路と中正路の交わるあたりです。

今回の旅では、花蓮のホテルはインターネットで予約する事ができましたが、桃園国際空港から花蓮までの国
内交通機関は予約する事ができず、ぶっつけ本番となりました。まず、台湾国内航空便のチケットが買えれば
飛行機で花蓮へ、それが無理なら列車で、と考えていたので、午後3時頃に桃園国際空港の入国審査を終えて
から、国内専用空港である台北北部の松山空港へ、バスで向かいました。

松山空港に着いて、花蓮行き国内便のチケット売り場へ向かったのですが、電光掲示板には「売完」の表示!
慌ててタクシー乗り場へ向かいましたが長蛇の列。ようやくタクシーに乗り込んで「請到台北火車站」と告げ
ました。台湾訪問十数回の私ですが、松山空港に来たのは今回が初めてでした。しかし、以上の事情で写真を
撮る心のゆとりはありませんでした。

まぁ、こういう事も覚悟はしていて、ネットで台湾鉄路のダイヤを見て、5時半頃台北発の花蓮行きの特急自
強号がある事は調べていました。特急券売り場の窓口で列車番号のメモを差し出すと、「No sheet OK?」との
返事でした。「立ち席券でもよいか」という意味です。私には他の選択肢はありません。「無座」と印字され
た切符を買いました。台北から花蓮まで約2時間半の、半分くらい過ぎた頃に席を立って降りる人がいて、よ
うやく座る事ができました。

こうして、関西空港を午前に飛び立ち、その日の夜8時に、花蓮駅に降り立った訳ですが、ここから予約した
ホテルがある総站まで、自力でたどり着かねばなりません。



花蓮駅
花蓮駅


この写真は到着の翌日撮ったものですが、到着した時は夜8時を過ぎていました。改札口を出てすぐに切符売
り場へ向かいました。まず帰りの切符を確保しておこうと考えたのですが、特急券売り場で目に飛び込んでき
たのが、またもや「売完」の表示でした。三日先の切符も既に売り切れ。「帰りも立ち席か」とがっくりして
駅舎を出ました。


花蓮駅前広場
花蓮駅前広場

花蓮駅前は、ただ芝生が広がるだけのだだっ広い広場です。駅前の一等地なのに、なぜ商業ビルを建てて有効
利用せんのだ、と思っていましたが、今になって思い当たりました。有事の為にわざと空き地にしているので
はないかと。花蓮には中華民国軍の基地があり、花蓮空港も軍民共用空港です。いざという時は軍事物資輸送
の為に、駅前にスペースを確保しているのではないでしょうか。台湾はまだ冷戦が終わっていないのでした。


花蓮駅前繁華街
花蓮駅前繁華街


駅から見て広場の向こう側には繁華街が広がっているのですが、いかにも「場末」という感じです。ホテルも
多いのですが、周辺環境というか雰囲気という点では、お勧めできません。ところで、この写真を撮っている
場所、つまり駅を出て広場を右側へ回り込んだところに花蓮県旅遊服務中心があり、その右隣(駅に近い側)
が、花蓮客運のバス乗り場とチケット売り場です。


花蓮県旅遊服務中心(花蓮県旅行サービスセンター)
花蓮県旅遊服務中心


バス乗り場に客の案内をしている係員がいたので、総站行きのバスを聞くと、発車まで30分待ちとの事。急ぐ
ならタクシーに乗れと、タクシー乗り場と料金相場まで教えてくれた正直なおじさんでした。夜8時を過ぎて
いましたが、花蓮県旅遊服務中心がまだ開いていたので、バスの発車までそこで時間を潰す事にしました。
花蓮県旅遊服務中心には花蓮県各地の観光案内パンフレットが置いてあり、日本語パンフレットも数種類用意
されていました。日本の外国人向け観光案内所は夜も早々と閉まってしまいますが、夜遅くまで観光客を出迎
えてくれるのはありがたい。この建物の左側には土産物店が軒を連ねていました。

やがてバスが来て、総站行きのバスに乗る時、案内係のおじさんが、私が総站に行く事を運転手に告げてくれ
ました。すると、それを聞いていたお客の中の若い女性が、ちょっとたどたどしい日本語で「総站に着いたら
教えてあげます」と言ってくれました。


花蓮鐵道公園の蒸気機関車
交通公園の蒸気機関車


花蓮県旅遊服務中心の裏手は、花蓮鐵道公園になっています。もちろん無料で見学できます。展示されている
機関車がどれほど貴重な物なのかは判りません。


花蓮鐵道公園の客車
交通公園の客車


信じられないほどの超狭軌です。ちょっと横風が吹いたら横転してしまうのではないでしょうか。


客車のゲージ
客車のゲージ


鐵道公園から南へ5分ほど歩いたところにある中山公園に、F-100戦闘機が雨ざらしになっていました。


中山公園のF-100戦闘機
公園のF-100戦闘機


駅近で見かけた、これはびっくりの新商売、レンタ・サイクルならぬレンタ・バイク屋です。日本でも成り立
つでしょうか。


レンタ・バイク屋
レンタ・バイク屋


総站のバス停前はロータリーになっていて、バス停に止まる前にバスがぐるりと一周した為、バスを降りた時
は方向感覚を失ってしまいました。総站のバス停から駅の方へ少し戻って右へ曲がると、ネットで予約した統
帥大飯店があるはずなのですが、どちらが駅の方向か判らなくなってしまったのです。その場でキョロキョロ
していると、バス停横の土産物屋から老婦人が出てきて流暢な日本語(それも東京弁)で話しかけてくれまし
た。統帥大飯店への道順を教えて貰い、無事たどり着く事ができました。


統帥大飯店
統帥大飯店


花蓮市は台湾でも有数の観光地なので、ホテルの数も多いのですが、外国からネットで予約できる国際観光ホ
テルとなると数は限られています。そのほとんどは市街から離れた海岸にあるリゾート・ホテルであり、市街
地に立地しているのは、私の調べた限りこの統帥大飯店だけでした。一泊1万円で、私が台湾で自腹で泊まっ
たホテルの中では、最も高いホテルです。


統帥大飯店の玄関
統帥大飯店の玄関

台湾原住民の彫刻を置いて東海岸の雰囲気をアッピールしています。玄関を出て、交差点を隔てた斜め左向か
いのビルに、セブン・イレブン(ホテル外観の写真の左端に看板あり)と後で紹介する老邵餃館があります。
こちらは統帥大飯店のサイトの中にあるホテル周辺地図です。

統帥大飯店の室内
統帥大飯店の室内




統帥大飯店の最上階から見る海
統帥大飯店の最上階から見る海




中山路
中華路


花蓮のメイン・ストリート、中山路です。「中山」は中華民国の国父、孫文の号(日本亡命時に使った偽名を
後に号にした)であり、台湾のほとんどの街のメイン・ストリートは「中山路」です。この道を1.5km進むと
花蓮駅。写真に見える交差点を右に曲がると統帥大飯店。後ろに200m戻ると総站のバス停です。


総站
総站


上の写真は帰りのバスの車内から撮りました。タクシーの向こうの「総站」という看板が出ているのが、花蓮
客運のチケット売り場と待合所、その右隣の「香乾郭」という看板の店が、親切な老婦人の土産物店です。大
理石の置物のような値の張る商品が中心の店だったので、何も買わずにお礼だけ述べて立ち去りました。

総站のバス停を左側へ進むと、花蓮鐵道文化館があります。昔の花蓮駅の駅舎だそうです。私が行った時は、
準備中だったのか、開館しているそぶりはありませんでした。


花蓮鐵道文化館(旧花蓮駅舎)
花蓮鐵道文化館


昔の花蓮駅のプラットホームのあったあたり、つまり旧花蓮駅舎の向こう側は、今は屋台街となっています
が、屋台街を抜けて昔の線路の通っていた方向へ歩くと、線路跡を整備した遊歩道に出ます。花蓮市街の中で
は一番心が安らいだ場所です。


線路跡の遊歩道1
線路跡の遊歩道1


この2枚の写真を見ると、花蓮はとても洒落た雰囲気のある街のように思えますが、それはここだけです。
ここ以外は、雑然とした街並みの広がる台湾の一地方都市です。


線路跡の遊歩道2
線路跡の遊歩道2


遊歩道の中の一角で、花蓮市にある仏教系大学の慈濟大學の学生達がパフォーマンスをしていました。中高生
を対象とした何かの勧誘らしい。


学生達のパフォーマンス
学生達のパフォーマンス





市場の鶏肉屋
市場の鶏肉屋


グラム単位だけでなく、一羽単位でも売っています。


南浜公園
南浜公園1


海辺の南浜公園まで来ました。ところで、この石碑の表示は、なぜ



公園

なのでしょうか。何も考えずに縦書きで「南浜」と書いて、そこで初めてスペースが足りない事に気づいて、
慌てて「公園」と横書きして、文字を押し込んだとしか思えません。


南浜公園の浜辺
南浜公園の浜辺




南浜公園に残された謎のメッセージ
南浜公園に残された謎のメッセージ


「配」という漢字は多義語で、結婚する(配偶)、割り当てる(分配)、組み合わせる(配合)等々の意味が
あります。また複文では前後の意味関係が難しいのですが、前段が仮定条件を示していると解釈して翻訳する
と、右側の「阿梅」という女性が書いた「喝養楽多配香腸」は「ヤクルトを飲んだらソーセージをあげる」、
男が書いた左側は「ソーセージを食べたらヤクルトをあげる」となります。私の中文力では解読不可能。


南浜公園の謎のスタジアム
南浜公園の謎のスタジアム


いったい何の競技をする為のスタジアムなのか想像がつきません。ローラー・スケートのショート・トラック
競技?



ここで、花蓮で食った物を一気に報告します。まず、ガイドブックにも紹介されている「液香扁食店」です。
「扁食」とは雲呑の事だそうですが、中日辞典を引くと、扁食(bian3shi)=<方>餃子、となっていました。
餃子も雲呑も、小麦粉を練って扁平にした皮で具をくるんで食べるから、「扁食」なのかと推測しますが、で
は、餃子と雲呑の違いは何なんでしょうか。日本で主流の焼餃子は、中国では「鍋貼」と言い、ただ餃子と言
えば水餃子です。すると、ただのお湯で煮るのが餃子で、スープに浮かべて食すのが雲呑、という仮説が成り
立ちそうです。では日本のスーパーで売っている「スープ餃子」という存在は何?謎は深まるばかりです。

それはともかく、この店は台湾全土でも有名だそうで台湾情報サイト「旅旅台北.com」でも紹介されています。
場所は、路地をちょっと入ったところなので、私も最初は行き過ぎてしまいました。中山路から中正路を南西
方向に進み、遠東百貨店を通り過ぎて更に200mほど進んで、路地を左に曲がってちょっと入ったところにあり
ます。


液香扁食店正面
液香扁食店正面


メニューは雲呑のみ。吉野家もびっくりの超単品経営。地元の人が列を作っています。


液香扁食店作業場
液香扁食店作業場


紙箱があるところを見ると、茹でる前の雲呑のテイク・アウトもできるようです。


液香扁食店調理場
液香扁食店調理場


手前の刻み葱の横の茶色い薬味は、揚げにんにくです。


液香扁食店の雲呑
液香扁食店の雲呑


一杯50元。為替レートで換算すると180円ですが、1元は6円くらいの使いでがあるので、300円相当です。



次に紹介するのが、統帥大飯店の斜め向かいにある老邵餃館店です。別にガイド・ブックに紹介されている
有名店ではありませんが、ホテルに着いたら向かいにあったので、花蓮滞在中の夕食はここで食べました。


老邵餃館店内
老邵餃館店内


入口の床で寝ている犬は、この店の飼い犬のようなのですが、「あんな場所で寝ていて大丈夫かな」と思って
いると、案の定、入ってきた女性客に踏みつけられてしまい、犬の悲鳴と女性の悲鳴が店内に響き渡りました。


老邵餃館的菜単
老邵餃館的菜単


蒸し餃子がメインの店ですが、炒飯、各種麺類、その他一品料理も揃えており、数回なら飽きずに楽しめます。


老邵餃子と炒飯



餃子は、日本の餃子チェーン店のような工場の大量生産品ではなく、客の注文を受けてから具を皮でくるんで
作ります。


炒猫耳朶
炒猫耳朶


しかし、炒猫耳朶は期待はずれでした。猫耳朶は、練った小麦粉を小さな球状にして、それを親指の腹で押し
て伸ばして作る、パスタのコンキリエに近い麺です。形が猫の耳に似ているので猫耳朶と言います。ところが、
この店では、指ではなく電動ローラーで伸ばして作るので、完全に扁平で、ぜんぜん猫の耳に似ていません。
これを肉・野菜と炒めた炒猫耳朶は、「猫耳朶もどき」が互いに張り付き合って団子になっていました。



ホテルで一息ついてから、次はホテルから北東方向に歩き、美崙渓を渡って、美崙山公園を目指しました。

花蓮市内を流れる美崙渓
花蓮市内を流れる美崙渓<


視覚的な事はおいといて、嗅覚的にはどぶ川です。


菁華林苑
菁華林苑

駅前の花蓮県旅遊服務中心で取ってきた観光案内(日本語版)によると、「昭和初期に建てられ70年以上の歴
史を有する建築物である。ルネッサンス風の和洋折衷の建物は41年間放置されてきたが、現在は花蓮青少年公
益組織がこれを管理しており「菁華林苑」と称されている」そうです。建築様式に疎いので、どの辺が「ルネッ
サンス風」なのかよく判りません。


美崙山公園
美崙山公園


美崙山は標高108mの小高い丘ですが、山頂にこんな建造物が。


美崙山山頂
美崙山山頂


裏手に回ると「軍事重地禁止進入」の立て札が。後、数メートルで頂上ですが、登頂はここで諦めました。


中華民国軍基地
中華民国軍基地


山頂から海側を望むと、中華民国軍の基地がありました。なるほど、この山頂を敵軍に占領されたら、あの基
地は丸裸です。確かにこの山は「軍事重地」に違いありません。


花蓮忠烈祠
花蓮忠烈祠


花蓮の忠烈祠は大理石をふんだんに使った壮麗な作りです。ところで、忠烈祠は中華民国軍の戦死者を祀る廟
で台湾の各地にありますが、中華民国軍の戦死者の廟ですから、第二次大戦中まで大日本帝国臣民だった台湾
本省人は祀られておりません。大戦中に日本軍に徴兵されて戦死した台湾人は靖国神社に祀られています。台
湾人民をこういう微妙な立場に追い込んだのは日本の責任が大なので、日本の旅行会社がツアー・コースの中
に忠烈祠を組み込んで、日本人がぞろぞろと列を作って見学するのは、いかがなものかと思います。特に台北
忠烈祠は故宮博物院からの帰路上にあり、衛兵の交代式もあるので、安易に組み込まれているように思います。


中山路の山側
中山路の山側


中山路を山側へどんどん進んで台湾鐵路の線路を越えると、山が迫ってきます。山の寸前まで平地が続いて、
突然断崖が立ちはだかるようで、同じように山と海に挟まれた街でも神戸とは様相が異なります。この付近は
新しく開けた新市街地で、総站付近の旧市街地よりずっと道が広くなっています。


静思堂
静思堂


慈済会という仏教団体の施設です。旧線路の遊歩道でパフォーマンスをしていた学生達の大学もこの系列です。
この建物の用途(教団本部事務所なのか、講堂なのか、大仏さんが鎮座しているのか)が何かは判りません。



花蓮から台北へは午後の列車に乗る予定でしたが、念のため当日の朝に花蓮駅の切符売り場に行ってみました。
すると、三日前には売り切れだった指定席券が買えたのです。当日券は別枠で確保されているようです。早起
きはするもんです。早朝に帰りの切符を確保してから、線路の山側を散策して撮った写真が上の2枚という訳
です。いったんホテルに戻り、午後になって花蓮駅に来てみると、ふたたび指定席券は売り切れでした。


特急自強号
特急自強号


上は向かいの月台に停まっていた高雄方面行きの自強号です。下は同じ月台の向かい側に停まっていた急行の
呂光号(呂の上には草冠)です。


急行呂光号(呂の上には草冠)
急行呂光号


自強号に座って乗って、夕方に台北に着きました。下が今回の台北の宿泊先である凱統大飯店です。地下鉄の
忠孝新生駅3番出口から徒歩5秒という立地で選びました。凱統という仰々しい名前ですが、中身はビジネス
・ホテルです。


凱統大飯店外観
凱統大飯店外観


駅近なのは便利なのですが、忠孝東路を挟んで北のブロックは台北科技大学、東隣はお酢メーカーの工場で、
ホテル周辺に商店やコンビニはありません。忠孝新生駅東改札口前の売店と小さなパン屋くらいです。しかし、
忠孝新生駅の地下道を歩いて西改札口から南方向へ階段を上がって地上に出ると小さな公園があり、公園の周
囲には洒落た商店やレストランが集まっています。コンビニもありました。


凱統大飯店室内
凱統大飯店室内


台北に着いた翌日は、台北駅の南側、三越百貨店の東隣にある「台湾故事館」に行ってきました。

台湾故事館入口
台湾故事館入口


1965年代の台北の街並みを再現した室内テーマパークです。


台湾故事館内部
台湾故事館内部


下のオート三輪は子供の頃見た記憶があります。確かマツダの軽です。この館に入った最初は戦前の街並みを
再現したと思っていたのですが、戦前では時代考証が合わないと気づきパンフレットを見ると1965年代でした。


台湾故事館展示物
台湾故事館展示物




錦安(師範大学北側付近)に残る日本人住居街
日本人住居街


日本に残る大正や昭和初期の民家と比較して、メインテナンスが悪いように思いますが。しかし、まぁ、台湾
の人に日本式家屋を保存する義務もないし、新築されてもしょうがないか、と思います。


日本人住居
日本人住居




台湾大学正門
台湾大学正門


台湾大学正門です。門の向こうに見える樹木は、椰子の木です。


台湾大学構内
台湾大学構内


キャンパスに椰子の木が生えてます。こららの樹も、季節がくれば椰子の実がごろごろと生るのでしょうか。


台湾大学の校舎
台湾大学の校舎


椰子の木に目をつむれば、帝国大学の風格が漂っています。


実験幼稚園
実験幼稚園


国立台湾師範大学付設実験幼稚園です。ここで、いったいどのような実験が行われているのでしょうか。門か
ら出てきたこの子も実験対象なのでしょうか。


タンタン麺屋
タンタン麺屋


永康街で見かけたタンタン麺屋です。「昔ながらの大きな鉄鍋を使いぐつぐつぐつと炊き上げ」たタンタン麺
だそうです。麺が伸びきって不味そう。


弁当屋
弁当屋


八徳路電脳街の一角で見かけた弁当屋です。お客は皆、店内で弁当を食っています。それなら料理を弁当容器
に入れる必要性がないのでは?


炸弾焼
炸弾焼


巨大タコ焼きです。具にタコが入っているかどうかは未確認です。


紫藤盧入口
紫藤盧入口


旧日本家屋を利用したレストランです。鮭定食を食べました。

鮭定食
鮭定食




滷味店
滷味店


私一人で行けるものではなく、台湾の友人に連れて行ってもらった滷味店です。「滷」は辞書によると「塩水
に調味料を加えて煮たり、しょう油で煮しめたもの」だそうです。


具材
具材


左端上のピンクの笊に選んだ具材(主に練り製品)を入れてもらいます。選び終わった具材は店員が専用の鍋
で煮てくれます。煮あがったら皿に盛りつけ、薬味と調味料を掛けて完成です。


滷味完成
滷味完成


動画頁 台湾編7」参照



国光巴士の車窓撃破装置
国光巴士の車窓撃破装置


帰りの桃園国際空港行きバスで目に止まった「車窓撃破装置」です。非常の際は、これで窓ガラスを叩き割れ、
という事です。日本のバスは装備しているのでしょうか。


こうして私は、7日間の台湾旅行を終え、5月4日に台湾から札幌へ向かいました。今回の旅行で手配した台
湾のエバー航空の航空券が、帰りの飛行機については日本のどこ行きの便に乗っても値段が同じだったので、
関空ではなく札幌へ向かう便を選んだのです。札幌でさらに3泊して7日に全日空の便で関空へ帰りました。

北海道旅行の為に冬用の上着を持って来る事はしなかったので、台湾から来た旅行者の身には寒かったです。
命に関わるようだったら現地で冬服を調達する腹づもりでしたが、関西の春の服装の下に、パジャマを着込む
事で、なんとかしのぎました。札幌滞在中は、日帰りで小樽観光もしてきました。

小樽へ行った証拠に、小樽運河の写真を一枚。


小樽運河
小樽運河





「来た!見た!食った!」のトップ・ページに戻る




inserted by FC2 system